『辛い借金から抜け出すための3ステップ』とは?

3.そして自己破産へ:逃げ出したい

3.そして自己破産へ:逃げ出したい

ここでは、ついに私の家族の借金が明るみに出て、私が自己破産するまでの経緯についてお話しします。

この話の前段になる「私の借金のキッカケ」や「泥沼の借金の状況」、「私の異常な家庭環境」についてはこちらをご覧ください。

【私の借金→自己破産までの経緯】1.借金のキッカケ:ある日母に言われた突然の言葉「お金を貸してほしい」1.借金のキッカケ:ある日母に言われた突然の言葉「お金を貸してほしい」【私の借金→自己破産までの経緯】2.借金の泥沼:“お金”によって、大切な何かが失われていく2.借金の泥沼:“お金”によって、大切な何かが失われていく【私の借金→自己破産までの経緯】はじめに:異常な家庭環境【私の借金→自己破産までの経緯】はじめに:異常な家庭環境

父に相談

家を出て約3年ぶりに父に連絡を入れることにしました。

正直、もう二度と自分の人生の中で関わり合いを持ちたくない相手でした。

しかし、母親が自分の娘の財布から銀行のキャッシュカードを盗んでしまう程の状況です。

そもそも父の飲み代が母の借金の始まりなのですから、何か知っているだろう、というより文句の一つでも言ってやらないと気がすまない気持ちでいました。

久しぶりの私の連絡に何のことか全くわからないようで、父は大変嬉しそうでした。

高級の料亭を予約しそうな父を止め、お酒が出ない喫茶店で待ち合わせました。

酒に酔うと豹変する父。

酒に酔って私の首を絞め警察沙汰にまでなった父。

そして母や私が借金に苦しんでいる今の状況を作り出した男。。。

酒を飲んだ時の記憶が丸切りない父は、久しぶりに会った娘に「だいぶ大人になったね」なんて、相変わらずトンチンカンなことを言いました。

そんな挨拶を適当に流し、私は緊張した面持ちで、早速本題を切り出しました。

母が私から多額のお金を借りていること。

私以外の親戚からもお金を借りていること。

ただし、借金の理由として、母が言っていた父の飲み代ということは伏せて伝えました。

すると父は「そんなに何にお金を使っているんだろう…」と心底不思議そうにつぶやきました。

そしておもむろに思い出したかのように、最近の母が、迷惑電話が多いと言って家の電話線を抜いたこと、何もついていないテレビを一日中ぼんやり見ていたことを話したのです。

そして銀行から父の職場に電話があり、なぜ電話がかかってきたのか不思議だったことも付け足しました。

後にわかることですが、母は父の名義で銀行や消費者金融からも借金をしていたのです。

なぜ母の一番近くにいる夫という立場の人間がこれほどまでに鈍感なのか、怒りで頭が痺れそうでしたがつとめて冷静に父と話しをするようにしました。

父と私はすぐに弁護士に相談することを決め、父は私に「何だかどちらが母親かわからないね」とこれまたトンチンカンな台詞を残してその場を後にしたのでした。

母の借金

父と別れて母の待つ家に帰った私は、今度は母と向き合わなくてはいけませんでした。

親という存在は特別なもので、自分より上にいるような、何か超えられないと感じたことはありませんか。

私も母に対して深い尊敬と、母のようになりたいという憧れを抱いていました。

しかしこれから私が母に問いただす事柄は、私が今まで母に抱いていた感情をガラガラと崩していってしまうような、鉛を飲み込むように重苦しい話でした。

出来ることならば逃げ出してしまいたかったですが、もはやそういう訳にもいきません。

私は母にとても大切な話があると、真剣な表情で母と向き合いました。

父と会ったこと、そしてこれから弁護士に相談すること、そのために誰からいくら借りているか正直に教えて欲しいと短く伝えました。

あまり長く話しては自分の声が震えていることがわかってしまうと思ったからです。

私の言葉を聞くなり、母は子供のように大声をあげて泣きじゃくりました。

秘密にしていたことがとうとうバレてしまった。

娘に迷惑をかけて申し訳ない。

一人で背負いこんでいたものからやっと解放された。

母の涙の理由を私が知る術はありません。

泣いて泣いて泣いた後、母は誰からいくら、誰の名義で借りているのかポツリポツリと語り始めたのでした。

 

蓋を開けてみると、想像していたよりもかなりの金額を借りていました。

父の名義で300万円、親戚に借りていたのが200万円、私に借りていたのが150万円。

そしてそれ以外にも見境なく、ほとんど面識のないマンションの隣人、パートで知り合った人、昔お世話になった大家さんに対しても手書きの借用書でお金を借りていました。

総額にして約700万円。

ここまで膨れ上がった金額を、主婦をするかたわら、ちょっとパートをしている母が、父に内緒で返しきれるはずがありません。

一日中お金のことを考えて「どうしようどうしよう…」と、ぼんやり何もついていないテレビを見つめていたのでしょう。

鳴り響く督促電話が怖くて、家の電話線を抜いたのでしょう。

父の職場に銀行から電話がかかってきたことを知って、どんな咄嗟の嘘をついたのでしょうか。

ほとんど面識のない人にまで手書きの借用書を作ってお金を借りる時の母の気持ちはどんなものだったのでしょうか。

そんな母の姿や気持ちを推し量ると、悲しくて哀しくて…遣る瀬無い気持ちになります。

私が母にいくらお金を渡していても、母の心はちっとも救われていなかったのです。

自己破産を選んだ理由

弁護士に相談してからは本当にスムーズに、トントン拍子に話が進みました。

私を担当してくれた弁護士は、熱血人情派というタイプとは真逆で、冷静で淡々と進めるタイプでしたが、私にはその方が合っていました。

私は家庭環境のこと、父が潔癖症で、酒に酔うと豹変し記憶をなくすこと、母がモラハラにずっと耐え、父の飲み代を工面しきれなくなっても言えずに借金を重ねたこと…全て話しました。

弁護士は同情するでもなく、私の話を淡々と聞いて、事情を理解してくれました。

父は自分名義で勝手に借金を作られたことで、母を訴えると豪語していたようですが、弁護士が取りなしてくれて裁判沙汰にはなりませんでした。

最後まで父は、母の置かれた状況や、自分のせいでこうなったことを理解できなかったのです。

 

私は弁護士と相談して、自分名義の150万円の借金は自己破産することになりました。

借金の整理の仕方については、自己破産だけでなく色々あります。

それでも私が弁護士に勧められた自己破産を選んだのは、この借金が私の家族の問題も孕んだ重く苦しいものだったからです。

この借金がある限り、母も私も父の呪縛から逃れられないような気がしました。

私は自分の家族の問題と決別するためにも、借金をリセットしてやり直す自己破産という選択肢を選んだのです。

 

しかし一方で、私の心の中には、自己破産することでこの先の人生がどうなってしまうのかという不安と、人生に負け組というレッテルを貼られてしまったような悲しみがありました。

事情が事情なだけに、この気持ちはおいそれと誰かに相談できるものではありません。

当時付き合っていて、後に結婚する相手にも、私の心のあり様までは深く話すことはできませんでした。

その結果、私は自己破産の手続きを弁護士に依頼してから1年間、弁護士への連絡を絶ってしまいました。

今思うと本当に弁護士にとっては迷惑この上ない話ですし、そんなことをしたってなんの解決にもならないのですが、その当時の私は現実から逃げたくて逃げたくてしょうがなかったのです。

弁護士からこれ以上は待てないというギリギリまで逃げ続けた私は、最後はタイムリミットによって背中を押される形で自己破産することを決断したのです。

1年間も音信不通でありながら、裁判手続きができるギリギリまで待っていてくれた弁護士には感謝しかありません。

そして自己破産へ…裁判官の問い

弁護士に相談して1年半後、桜が咲き始めた頃、私は裁判所へ出廷しました。

自己破産の手続きの最後に、自己破産が認められる理由であるか否か、裁判官が判断するため、借金の経緯を説明する必要があるのです。

私はいわゆるドラマで見るような、法廷の被告席に緊張しながら立って、裁判官と弁護士のやり取りを聞いていました。

そして最後に、裁判官は私にこんな質問をしたのです。

「自己破産すると借金が0になります。文字通りリセットされるわけですが、あなたはこれからどんな風に生きていきたいですか。」

 

次回に続きます。